母の介護から学んだ事:信州とタイ、二つの視点から見つめる命と同行の精神”
こんにちは、セカンドライフ倶楽部へようこそ。このプラットフォームでは、信州とタイという異なる拠点を往来する二拠点生活の様子を発信しています。
今回は、皆んさんが避けては通れない、両親の問題。私が母の介護と向きあった日々から感じた事を、3つのテーマでお話ししたいと思います。
【第1回】母の介護の始まりと葛藤〜多忙な日々の中での後悔と決断〜
介護というものは、ある日突然始まり、私たちの生活を一変させます。
母が認知症を患い、様々なことが分からなくなっていく現実を前にした当初、私には精神的な余裕など微塵もありませんでした。非常に多忙だった管理職としての仕事と、単身一人での介護という過酷な状況の中、「これぐらいのことがなぜ出来ないのか」と内心で苛立ちを覚え、冷たく対応してしまうこともありました。当時の私は、母の心の痛みに寄り添うことができなかったのです。
あの時、母に対して抱いてしまった怒りや、冷たく当たってしまったことへの後悔は、今でも消えることがありません。
その後、母は認知症から数回の脳梗塞を発症し、私の手には負えなくなり、最終的には施設に入ることになりました。
さらに病状が進み、母が自ら食事ができなくなり、コロナ禍の病院のベッドでただ死を待つような状態になった時、私は初めて「このまま隔離された病院で一人死なせてはならない」と強く思いました。そして、県外の兄弟の協力を得て、母を自宅へ連れ帰り看取る決断をしたのです。
長野での在宅介護を支えてくれたのは、訪問看護をはじめとする多くの介護関係者たちでした。 プライドを持って仕事を全うするプロの献身的な姿に深く感動したからこそ、私はのちに介護の資格取得や、介護タクシーに必要な二種免許の取得へと向かうことになりました。
しかし、母を失い、介護資格取得のため認知症の勉強をした今、「あの時もっと早く精神的な余裕を持ち、母にもっと寄り添えたのに」と、拭い去れない後悔が残っています。
私のサイトを訪れる方々には、どうかこのような後悔を残してほしくないと切に願っています。
どうか、これを読んでいるあなたには、私と同じ過ちを繰り返してほしくありません。日常の忙しさに流されて大切な人のサインを見落としたり、心に余裕をなくして怒りをぶつけてしまったりする前に、どうかその手を優しく握りしめてあげてください。自分が小さい時、目の前の大切な方が、どれだけ大事にあなたを育てたのか、思い出してみてください。
あとになってから「あの時もっと……」と悔やんでも、時間は戻らないのですから。次回作はこちらから
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